北海道全駅の記録

hokkaido station photograph

抜海駅

抜海駅全景 2011年10月

【由来】

当駅の所在する地名より。抜海市街の外れに、現在は「抜海岩」と呼ばれている子供を負ぶっているように見える大岩があり、そのアイヌ語名である「パッカイぺ」(子を背負う・もの)」から地名がついた。なお、駅自体は抜海市街から離れたクトネベツ地区に所在した

【歴史】

▶1924年(大正13年)6月25日:天塩北線稚内駅~兜沼駅間開通にともない開業。一般駅
▶1926年(大正15年)9月25日:天塩南線と天塩北線を統合して線路名を天塩線に改称、それにともない同線の駅となる
▶1930年(昭和5年)4月1日:天塩線を宗谷本線に編入、それにともない同線の駅となる
▶1977年(昭和52年)5月25日:貨物取扱い廃止
▶1984年(昭和59年)2月1日:荷物取扱い廃止。11月10日:出札・改札業務を停止し旅客業務について無人駅化(但し閉塞扱いの運転要員は継続配置)
▶1986年(昭和61年)11月1日:電子閉塞化にともない完全無人化
▶2020年(令和2年)3月27日:宗谷本線活性化推進協議会が当駅の廃止を容認。当初2021年(令和3年)3月ダイヤ改正時での廃止を予定
▶2024年(令和6年)9月24日:名寄駅~稚内駅間運行管理システムの更新にともない、同日より2番線の使用を停止
▶2025年(令和7年)3月15日:同日のダイヤ改正で廃止。7月中旬~8月上旬:木造駅舎の解体工事が行われる

出典wikipediaから一部を引用しております

  • 住所 稚内市抜海村字クトネベツ
  • 開業 1924年(大正13年)6月25日
  • 廃止 2025年(令和7年)3月15日
  • 1面2線 地上駅 無人駅
  • 抜海駅

    稚内行き到着

    最北の交換駅にキハ54が似合う
    2024年5月25日

  • 抜海駅

    駅前の様子

    まっすぐ進むとそこは太平洋
    2024年5月25日

  • 抜海駅待合室
    2024年5月25日
  • 抜海駅待合室
    2024年5月25日
  • 抜海駅駅名標
    2024年5月25日
  • 抜海駅ホーム側から待合室
    2024年5月25日
  • 抜海駅駅名標
    2024年5月25日
  • 抜海駅外ドアと内ドアの間のスペース
    2024年5月25日
  • 抜海駅ブルータイムの駅舎
    2024年5月25日
  • 抜海駅駅名標
    2024年5月25日

抜海駅への地図